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破綻時にどの程度の損失が発生するか
LGD(Loss Given Default)とは、債務者がデフォルト(債務不履行)した場合に、債権額に対してどの程度の損失が発生するかを示す比率です。日本語では「デフォルト時損失率」と呼ばれ、信用リスク管理における最も重要な指標の一つです。LGDは通常パーセンテージで表示され、債権額から回収可能額を差し引いた損失額の債権額に対する割合として計算されます。例えば、100万円の債権に対して60万円を回収できた場合、LGDは40%となります。バーゼル規制における信用リスクの所要自己資本計算や、金融機関の貸倒引当金算定において中核的な役割を果たしています。
LGDの概念は、1990年代後半の信用リスク管理手法の高度化とともに体系化されました。1999年のバーゼルII規制案の公表により、PD(デフォルト確率)、LGD、EAD(デフォルト時エクスポージャー)を用いた期待損失の計算手法が国際的に標準化されました。2008年のリーマンショックでは、多くの金融機関がLGDの予測を誤り、想定以上の損失を被ったことから、より精緻なLGD推定手法の開発が進められています。
債務者固有性: LGDは債務者の業種、規模、財務状況、担保の有無などにより大きく異なります。同じ業種でも個社の特性により回収率は大幅に変動します。
経済環境依存性: 景気後退時には資産価値の下落により回収率が低下し、LGDが上昇する傾向があります。不動産価格、株価、商品価格の変動が大きく影響します。
担保依存性: 担保の種類、品質、処分可能性によりLGDは大きく左右されます。不動産担保は比較的低いLGDを示しますが、在庫や売掛金担保は高いLGDとなる場合があります。
回収期間の影響: 法的手続きの長期化により回収期間が延びると、金利負担や管理コストによりLGDが上昇します。
法制度依存性: 各国の倒産法制、担保制度、司法制度の違いによりLGDは大きく異なります。先進国は新興国より低いLGDを示す傾向があります。
銀行の信用リスク管理: 銀行では、企業向け融資、個人向け融資、プロジェクトファイナンスなど、融資種類ごとにLGDを推定し、信用リスク管理に活用しています。過去のデフォルト事例から業種別、担保種類別、企業規模別のLGD実績を分析し、新規融資のリスク評価に反映させています。内部格付手法(IRB)を採用している銀行では、自行のデータに基づくLGD推定モデルを構築し、所要自己資本の算出に使用しています。また、貸倒引当金の算定においても、IFRS9やJ-GAAPに基づく期待信用損失の計算にLGDを活用しています。
債券投資における信用分析: 機関投資家は社債投資において、発行企業のデフォルト時の回収見込みを評価するためにLGDを分析しています。優先債、劣後債、転換社債など債券の種類により回収順位が異なるため、それぞれ異なるLGDを想定して投資判断を行っています。格付機関が公表する業種別- 格付別のLGD統計や、過去のデフォルト事例における実際の回収率を参考に、投資対象債券のLGDを評価しています。
信用保証協会の保証業務: 信用保証協会では、中小企業向け保証債務のリスク管理において、保証先企業の業種、規模、担保の有無に応じてLGDを推定しています。代位弁済後の求償権回収実績を分析し、業種別、地域別、担保種類別のLGD統計を整備して、保証料率の設定や引当金の算定に活用しています。
商社の取引先信用管理: 総合商社では、世界各地の取引先に対する売掛債権について、各国の法制度、商慣行、担保制度を考慮してLGDを評価しています。新興国の取引先については、政治的安定性、通貨の安定性、法制度の整備状況などを総合的に勘案し、先進国より高いLGDを想定してリスク管理を行っています。
債権回収会社の業務: 債権回収会社では、金融機関から購入する不良債権の価格設定において、LGDの推定が重要な要素となります。債務者の資産状況、担保の処分可能性、法的手続きの見通しなどを詳細に調査し、回収可能額を予測してLGDを算出し、債権購入価格を決定しています。
LGDは以下の手法により推定されます:
過去実績ベース: 自社の過去のデフォルト事例から実際の回収率を分析し、業種別、担保種類別、企業規模別のLGD統計を作成します。十分な実績データがある場合に有効な手法です。
市場価格ベース: 債務者の株価、社債価格、CDS(クレジット- デフォルト- スワップ)スプレッドなどの市場データから、市場が織り込んでいるLGDを推定します。
担保評価ベース: 担保資産の市場価値から処分コスト、法的費用、時間価値などを控除して回収可能額を算出し、LGDを推定します。
会計情報ベース: 債務者の財務諸表から資産価値、負債構造、清算価値などを分析し、理論的なLGDを算出します。
LGDに影響を与える主要な要因は以下の通りです:
担保の種類と品質: 不動産担保は一般的に低いLGD(20-40%)を示し、無担保債権は高いLGD(60-90%)となります。担保の立地、築年数、市場性などが回収率に影響します。
債権の優先順位: 担保付債権、一般債権、劣後債権の順で回収優先順位が決まり、それぞれ異なるLGDとなります。
業種特性: 製造業、不動産業は有形資産が多く相対的に低いLGD、サービス業、IT業は無形資産中心で高いLGDとなる傾向があります。
企業規模: 大企業は資産規模が大きく専門的な管財人による管理が期待できるため、中小企業より低いLGDとなる傾向があります。
経済環境: 景気後退時には資産価値の下落、買い手の減少により回収率が低下し、LGDが上昇します。
法的環境: 倒産法制の整備状況、司法制度の効率性、担保権の実効性などにより回収率が左右されます。
業種によりLGDの特徴は大きく異なります:
製造業: 工場、機械設備などの有形資産が多く、比較的低いLGD(30-50%)を示します。ただし、専用設備は汎用性が低く、高いLGDとなる場合があります。
不動産業: 土地、建物という流動性の高い資産を保有するため、立地が良好な場合は低いLGD(20-40%)となります。
小売業: 店舗、在庫などの資産がありますが、在庫の陳腐化リスクがあり、中程度のLGD(40-60%)となることが多いです。
サービス業: 有形資産が少なく、人的資源に依存するため、高いLGD(60-80%)となる傾向があります。
IT- ソフトウェア業: 知的財産権などの無形資産が中心で、市場価値の評価が困難なため、高いLGD(70-90%)となることが多いです。
金融業: 金融資産が中心ですが、市場環境により価値が大幅に変動するため、LGDの予測が困難です。
LGDは以下の規制において重要な役割を果たしています:
バーゼル規制: IRB手法において、PD、LGD、EADを用いて信用リスクの所要自己資本を計算します。LGDの最低値は10%、無担保債権の場合は45%と規定されています。
IFRS9: 国際会計基準において、期待信用損失の算出にLGDが使用されます。12か月期待信用損失と全期間期待信用損失の計算に必要な要素です。
ストレステスト: 金融機関に対するストレステストにおいて、不況シナリオでのLGD上昇が損失計算に織り込まれます。
開示規制: 金融機関は信用リスクに関する開示において、LGDの推定手法、実績値、将来見通しなどの情報提供が求められています。
LGDモデルの精度を検証するため、以下の手法が使用されます:
バックテスト: 過去の予測値と実績値を比較し、モデルの予測精度を評価します。予測誤差の分析により、モデルの改善点を特定します。
ベンチマーク比較: 外部データ(格付機関の統計、業界平均など)と自社のLGD推定値を比較し、妥当性を検証します。
感応度分析: 経済環境の変化がLGDに与える影響を分析し、モデルの安定性を評価します。
専門家判断: 定量的な分析に加えて、業界の専門知識を持つ担当者による定性的な評価を実施します。
LGD推定における今後の課題は以下の通りです:
データ不足: 低頻度事象であるデフォルトのデータが不足しており、統計的に信頼性の高いLGD推定が困難な場合があります。
経済環境の変化: 低金利環境の長期化、資産価格の変動パターンの変化により、過去データに基づく推定の妥当性が問われています。
新しい担保形態: 知的財産権、暗号資産、カーボンクレジットなど新しい担保形態のLGD推定手法の確立が必要です。
ESG要因: 環境- 社会- ガバナンス要因が企業価値や資産価値に与える影響を考慮したLGD推定手法の開発が求められています。
LGDは信用リスク管理の基本的な構成要素として、金融機関の健全性確保と適切なリスクテイクの実現において重要な役割を果たしています。経済環境の変化と新技術の発展に対応した継続的な改善が求められており、より精緻で実用的な推定手法の確立が今後の重要な課題となっています。
デフォルト確率
デフォルト確率(PD)は、債務者が一定期間内にデフォルトする確率を示す指標です。商品取引では、取引先の財務状況、市場環境、業界動向から推定します。格付け、統計モデル、市場情報を組み合わせて算出し、与信判断と期待損失計算の基礎となります。
与信限度額
与信限度は、取引先に対して供与できる信用の上限額です。商品取引では、売掛金、在庫委託、デリバティブエクスポージャーなどの合計額を管理します。信用力、取引実績、担保状況により設定し、定期的に見直します。
クレジットスプレッドリスク
クレジットスプレッドリスクは、信用スプレッドの変動により損失が発生するリスクです。商品取引では、取引先企業の信用力変化、市場環境悪化により、保有ポジションの評価損や資金調達コスト上昇が生じます。
デフォルト時損失率
デフォルト時損失率(LGD)は、債務不履行が発生した場合に失われる債権額の割合です。商品取引では、担保価値、優先順位、回収プロセスの効率性により変動します。通常40-60%程度ですが、無担保取引では100%近くになることもあり、期待損失計算の重要要素です。
担保
担保は、債務不履行時の損失を軽減するために徴求する資産や権利です。商品取引では、商品在庫、売掛金、倉庫証券、信用状、預金などを担保とします。適切な評価、法的有効性の確保、継続的な管理が信用リスク軽減の鍵となります。
決済リスク
決済リスクは、取引の決済過程で相手方が義務を履行しない、または遅延するリスクです。商品取引では、商品引渡しと代金支払いの時間差、異なる法域間の決済などで発生します。DVP(同時決済)、エスクロー、信用状の活用により軽減を図ります。
ネッティング
ネッティングは、同一取引先との債権債務を相殺し、純額で決済する仕組みです。商品取引では、売買取引、デリバティブ、複数通貨の取引を包括的に相殺します。法的有効性の確保により、信用リスクと決済リスクを大幅に削減できます。