Strategic Commodities

基本概念

Strategic Commodities（戦略商品、戦略物資）は、国家の安全保障、経済活動の維持、産業競争力の確保において極めて重要な役割を果たす原材料、資源、製品を指します。これらの商品は、供給源の地理的偏在、代替困難性、需要の急増、地政学的リスクなどの特徴を持ち、その確保は国家戦略の中核的課題となっています。

冷戦時代は主に軍事用途での重要性が注目されましたが、21世紀に入り、デジタル化、グリーン転換、サプライチェーンの複雑化により、戦略商品の定義と範囲が大きく拡大しています。商品取引業界では、これらの戦略商品の安定調達、リスク管理、代替開発が事業継続性と競争優位の鍵となっています。

戦略商品の分類と特性

エネルギー資源
石油、天然ガス、ウラン、石炭などのエネルギー源は、経済活動の基盤となる最重要戦略商品です。特に、エネルギー自給率の低い国では、供給途絶が国家存続に関わる重大リスクとなります。

日本のエネルギー自給率は約12%で、中東依存度の高い原油（サウジアラビア、UAE、クウェートで約70%）、カタール、オーストラリア、マレーシアに依存するLNGの安定確保が最重要課題です。商社は、長期契約、権益投資、供給源多様化により、エネルギー安全保障に貢献しています。

レアアース- レアメタル
ネオジム、ジスプロシウム（永久磁石用）、リチウム、コバルト（電池用）、ガリウム、インジウム（半導体用）などの希少金属は、ハイテク産業に不可欠です。中国が世界生産の60-90%を占める品目が多く、供給リスクが極めて高い状況です。

2010年の中国によるレアアース輸出制限は、世界に衝撃を与え、各国で供給源多様化、リサイクル推進、代替技術開発が加速しました。商社は、豪州、カナダ、アフリカでの鉱山開発、都市鉱山事業、備蓄制度への参画により、供給安定化を図っています。

半導体関連材料
シリコンウェハー、フォトレジスト、高純度ガス、レアガスなどの半導体製造材料は、デジタル社会の基盤です。日本企業が世界シェアの50-90%を占める材料も多く、戦略的優位性を持つ一方、輸出管理の対象となっています。

2019年の日韓貿易摩擦でのフッ化水素等の輸出管理強化は、半導体材料の戦略的重要性を改めて認識させました。商社は、材料メーカーとの連携、顧客企業への安定供給、技術情報管理により、サプライチェーンの強靭化を支援しています。

地政学的リスクと供給確保

資源ナショナリズムの台頭
インドネシアのニッケル鉱石輸出禁止（2020年）、中国のレアアース輸出管理強化、ロシアのパラジウム供給リスクなど、資源保有国による輸出制限が増加しています。

商社は、複数国での権益確保、長期オフテイク契約、現地合弁事業により、資源ナショナリズムリスクを軽減しています。また、政府間協力、経済協力協定（EPA）の活用により、安定的な取引環境を構築しています。

サプライチェーンの脆弱性
COVID-19パンデミック、スエズ運河封鎖、ウクライナ危機などにより、グローバルサプライチェーンの脆弱性が露呈しました。単一供給源依存、在庫削減経営の限界が明らかになりました。

商社は、供給源の地理的分散、戦略的在庫の保有、代替輸送ルートの確保、デジタルツインによるリスクシミュレーションにより、レジリエンスを強化しています。

各国の戦略と政策

米国のクリティカルミネラル戦略
米国は35品目をクリティカルミネラルに指定し、国内生産強化、同盟国との供給網構築、戦略備蓄拡充を進めています。インフレ削減法（IRA）により、電池材料の北米調達にインセンティブを付与しています。

EUの原材料戦略
EUは30品目をクリティカル原材料に指定し、2030年までに戦略原材料の域内生産10%、加工40%、リサイクル15%の目標を設定しています。循環経済への移行により、資源自立を目指しています。

中国の資源戦略
一帯一路構想により、アフリカ、中南米、中央アジアでの資源開発を拡大しています。同時に、レアアース等の輸出管理を強化し、資源外交のレバレッジとして活用しています。

日本の経済安全保障戦略
経済安全保障推進法により、特定重要物資の供給確保、サプライチェーン強靭化を推進しています。半導体、蓄電池、レアアース、医薬品などを重点分野として、官民連携での対策を実施しています。

商社の戦略的取り組み

上流権益投資
三菱商事のペルー銅鉱山、三井物産のブラジル鉄鉱石、住友商事のマダガスカルニッケル事業など、戦略商品の上流権益確保により、日本への安定供給を実現しています。2030年までに、権益生産量を現在の1.5-2倍に拡大する計画です。

技術開発と代替材料
レアアース使用量を削減する省ジスプロシウム磁石、コバルトフリー電池、ガリウム代替半導体材料などの開発に投資しています。大学、研究機関、スタートアップとの連携により、イノベーションを加速しています。

リサイクル- 都市鉱山事業
使用済み電子機器、廃電池、廃触媒からのレアメタル回収事業を拡大しています。日本の都市鉱山には、世界の埋蔵量の10%相当の金、16%の銀が存在すると推定され、巨大な潜在資源となっています。

備蓄制度との連携
日本のレアメタル国家備蓄（60日分目標）、石油備蓄（官民合わせて200日分）に協力し、緊急時の供給体制を構築しています。民間備蓄の運営受託、放出時の流通管理を担っています。リアルタイムでのリスク評価により、調達戦略を動的に最適化しています。

衛星監視とリモートセンシング
鉱山開発状況、在庫水準、輸送ルートを衛星画像で監視し、供給途絶リスクを早期に検知します。異常検知により、代替調達の迅速な実行が可能となっています。

ESGと戦略商品

責任ある鉱物調達
OECD紛争鉱物ガイダンス、ロンドン金属取引所（LME）の責任ある調達要件により、人権、環境に配慮した調達が義務化されています。商社は、デューデリジェンス体制を強化し、サプライチェーン全体での責任を果たしています。

環境負荷の低減
採掘に伴う環境破壊、精錬での大量エネルギー消費、有害廃棄物の発生など、戦略商品の環境負荷は大きな課題です。商社は、低環境負荷技術への投資、再生可能エネルギー利用、生態系修復により、持続可能な資源開発を推進しています。

新たな戦略商品の出現

グリーン転換関連
グリーン水素、アンモニア、持続可能航空燃料（SAF）、バイオプラスチック原料などが、新たな戦略商品として注目されています。2030年には数兆円規模の市場形成が予想されます。

デジタル社会関連
量子コンピュータ材料、6G通信材料、メタバース関連デバイス材料など、次世代技術に必要な新材料が戦略的重要性を増しています。

バイオ- 医療関連
mRNAワクチン原料、細胞培養材料、バイオ医薬品原料など、パンデミック対応で重要性が認識されました。商社は、医薬品サプライチェーンへの参入を加速しています。

将来展望と課題

戦略商品の確保は、国家安全保障と産業競争力の根幹に関わる永続的な課題です。地政学的緊張の高まり、技術革新の加速、環境制約の強化により、戦略商品の定義と重要性は常に変化しています。

商品取引企業は、伝統的な仲介機能を超えて、資源開発、技術革新、リスク管理、国際協調において中核的な役割を果たすことが期待されています。戦略商品の安定確保と持続可能な利用の両立により、経済安全保障と地球環境保全に貢献することが、商社の重要な社会的使命となっています。