読み込み中...
天然ガスの中でもメタンが90%以上を占め、液体になりやすい成分がほとんど含まれていないガスのことです。そのままパイプラインで輸送でき、都市ガスや発電の燃料として直接使えるため、最も扱いやすい天然ガスといえます。処理コストが低く経済性に優れていることから、世界中で広く利用されています。
ドライガス(Dry Gas)という名前を聞くと、何か乾燥したガスを想像するかもしれませんが、実際には天然ガスの品質分類を表す用語です。天然ガスは地下から採取される時、様々な炭化水素の混合物として存在していますが、その中でメタン(CH4)という最も軽い炭化水素が90%以上を占めるものをドライガスと呼びます。
「ドライ」という名称がついている理由は、このガスに含まれるエタンやプロパンといった重い炭化水素成分が少なく、通常の温度や圧力では液体にならないためです。水分を含まないという意味ではなく、液化しやすい成分が少ないという意味で「ドライ」なのです。残りの10%未満には、少量のエタン、二酸化炭素、窒素などが含まれていますが、これらも気体として存在しています。
ドライガスの最大の特徴は、その扱いやすさにあります。成分のほとんどがメタンという単一の物質であるため、性質が安定しており、燃焼時の挙動が予測しやすいのです。発熱量は1立方メートルあたり約9,000から10,000キロカロリーと、他の燃料と比較しても十分な熱量を持ちながら、燃焼後は主に水と二酸化炭素になるだけで、有害物質をほとんど排出しません。
パイプラインで長距離輸送する際も、ドライガスは理想的な性質を持っています。液体成分が少ないため、パイプライン内で液体が溜まって流れを妨げる心配がありません。また、空気より軽い(比重約0.6)ため、万が一漏れた場合でも上方に拡散しやすく、安全性の面でも優れています。ただし、天然ガス自体は無色無臭なので、ガス漏れを察知できるよう、都市ガスとして供給する際には特有の臭いをつける付臭剤が添加されています。
品質の安定性も大きな利点です。季節や産地による成分の変動が少ないため、ガス機器の調整が簡単で、一度設定すれば長期間安定して使用できます。これは家庭用のガスコンロから工業用の大型ボイラーまで、あらゆる規模の設備において重要な特性となっています。
私たちの生活に最も身近なドライガスの活用例は、都市ガスでしょう。日本の都市ガスは、輸入した液化天然ガス(LNG)を気化したものが主流ですが、これもドライガスの品質基準を満たしています。各家庭に張り巡らされた配管網を通じて安定供給され、料理や給湯、暖房などに使われています。成分が安定しているからこそ、全国どこでも同じガス機器が使えるのです。
電力供給の分野では、ドライガスは特に重要な役割を果たしています。ガスタービン発電所やコンバインドサイクル発電所では、ドライガスを燃料として使用していますが、その利点は起動の速さと出力調整の容易さにあります。太陽光や風力といった再生可能エネルギーは天候に左右されるため、その変動を補う調整電源として、ガス火力発電は欠かせない存在となっています。石炭火力発電と比べて二酸化炭素の排出量が約半分という環境面での優位性も持っています。
工業分野での用途も多岐にわたります。化学工業では、アンモニアやメタノール、水素を製造する際の原料として使われています。特に水素製造においては、水蒸気改質法という確立された技術で、ドライガスから効率的に水素を取り出すことができます。鉄鋼業でも、従来の石炭に代わる還元剤として、直接還元製鉄にドライガスを使用する設備が世界各地で稼働しています。
ドライガスの生産方法は大きく二つに分けられます。一つは、もともとドライな状態で地下に存在するガスを採取する方法です。古い地層や高温高圧の環境で長い時間をかけて生成されたガスは、重い炭化水素が分解されてメタンが主成分となっています。米国のマーセラス- シェール層から産出されるガスの多くは、このタイプのドライガスです。
もう一つは、ウェットガス(液体成分を多く含むガス)から、冷却や圧縮によって液体成分を分離し、ドライガスを作り出す方法です。分離された液体成分は天然ガス液(NGL)と呼ばれ、プロパンガスや石油化学原料として別途販売されるため、ガス田の収益性を高める要因となっています。どちらの方法で生産されたドライガスも、最終的には同じ品質基準を満たす必要があり、パイプラインに注入する前には厳格な品質検査が行われます。
品質管理では、メタン含有率、発熱量、露点(液体が発生し始める温度)、硫黄分などが主な検査項目となっています。特に露点管理は重要で、輸送中にパイプライン内で液体が発生しないよう、十分に低い露点を維持する必要があります。現在の施設では、これらの品質パラメーターを24時間連続でモニタリングし、わずかな変動も見逃さないシステムが標準装備されています。
天然ガス市場では、地域ごとに異なる価格指標が存在しています。北米では、ルイジアナ州にあるヘンリーハブという集積地の価格が基準となっており、「ヘンリーハブ価格」として世界中で参照されています。欧州では、オランダのTTF(Title Transfer Facility)や英国のNBP(National Balancing Point)が主要な取引拠点となっています。アジアでは、日本と韓国向けのLNG価格を示すJKM(Japan Korea Marker)が指標として使われています。
これらの価格は、それぞれの地域の需給バランスを反映していますが、LNG貿易の拡大により、地域間の価格差が縮小する傾向にあります。例えば、米国でガス価格が安く、アジアで高い場合、米国産LNGがアジアに輸出され、価格差が調整されるのです。ただし、輸送コストや液化- 再ガス化のコストがあるため、完全に価格が一致することはありません。
季節による需要変動も価格に大きく影響します。北半球では冬季の暖房需要が増えるため、秋から冬にかけて価格が上昇する傾向があります。このような季節変動に対応するため、多くの国では地下の岩塩層や枯渇したガス田を利用した地下貯蔵施設を整備し、夏季に貯蔵したガスを冬季に放出することで、価格の安定化を図っています。
気候変動対策が世界的な課題となる中、ドライガスは「トランジション燃料」として重要な位置を占めています。化石燃料である以上、燃焼時に二酸化炭素を排出しますが、その量は石炭の約半分、石油の約7割程度です。また、硫黄分をほとんど含まないため、酸性雨の原因となる硫黄酸化物もほぼ排出しません。粒子状物質(PM2.5など)の排出も極めて少ないため、大気汚染対策の観点からも優れた燃料といえます。
ただし、メタン自体は二酸化炭素の25倍以上の温室効果を持つため、生産- 輸送- 利用の各段階でのメタン漏洩(メタンリーク)を防ぐことが極めて重要です。現在、人工衛星やドローンを使ったメタンリーク検知システムが実用化されており、多くのガス会社が導入しています。検知されたリークは迅速に修理され、大気への放出を最小限に抑える体制が整っています。
ドライガスの大きな利点の一つは、既存のインフラを最大限活用できることです。世界中に張り巡らされたガスパイプライン網、地下貯蔵施設、LNG受入基地、都市ガス配管など、長年かけて構築されたインフラがそのまま使えます。また、家庭や工場にある既存のガス機器も、ほとんどの場合そのまま使用できます。
現在、バイオメタン(生物由来のメタン)の利用が拡大していますが、これも既存のガスインフラにそのまま注入できるため、段階的な低炭素化が可能です。欧州では、下水処理場や農業廃棄物から作られたバイオメタンが、すでに都市ガス網に注入されており、ドイツやデンマークでは総ガス供給量の10%近くに達している地域もあります。
水素の混合利用も現実的な選択肢として実証が進んでいます。既存のガス配管に水素を20%程度まで混合しても、大きな改修なしに利用できることが確認されており、英国、ドイツ、日本などで実証プロジェクトが進行中です。これにより、既存インフラを活用しながら段階的に低炭素化を進めることができます。
NBP
英国の天然ガス取引の中心となる仮想取引拠点で、1996年に設立された欧州で最も歴史ある市場の一つです。北海ガス田からの供給とLNG輸入の両方を扱い、英国のガス価格を決定する重要な役割を果たしています。欧州大陸のTTFと並んで、国際的な天然ガス価格の重要な指標として世界中で参照されています。
LNG(液化天然ガス)
天然ガスをマイナス162度まで冷却して液体にしたもので、体積が600分の1になるため船での大量輸送が可能になります。日本は世界最大のLNG輸入国として、中東やオーストラリアから年間約7000万トンを調達しています。パイプラインがない地域でも天然ガスを利用できる画期的な技術として、世界のエネルギー貿易を大きく変えました。
湿性ガス
天然ガスの中でもプロパンやブタンなどの液化しやすい成分を豊富に含んでいるガスのことです。これらの成分は冷却や圧縮によって分離され、LPGや石油化学原料として高値で取引されるため、ガス田の収益性を大きく向上させます。近年のシェール革命により、ウェットガスの生産が急増し、世界のエネルギー市場に大きな影響を与えています。
パイプラインガス
パイプラインを通じて気体のまま輸送される天然ガスで、世界のガス貿易の約7割を占める最も基本的な輸送方法です。ロシアから欧州、カナダから米国など、陸続きの地域では直径1メートル以上の巨大パイプラインが何千キロも延びています。LNGと違って液化設備が不要なため、安定的で低コストな供給が可能です。
ヘンリーハブ
アメリカのルイジアナ州にある天然ガスパイプラインの集積地で、北米の天然ガス価格を決める最も重要な指標です。ここで形成される価格はNYMEX先物の基準となり、世界中のLNG取引でも参照されています。9本の州間パイプラインが交差し、日量20億立方フィートのガスが行き交う巨大なハブです。
CNG(圧縮天然ガス)
天然ガスを200気圧程度まで圧縮して、専用容器に充填したものです。液化させずに気体のまま圧縮するため設備が簡単で、バスやトラックの燃料として世界中で使われています。ディーゼル車より排ガスがきれいで、都市部の大気汚染対策として多くの国が導入を進めています。