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パイプラインを通じて気体のまま輸送される天然ガスで、世界のガス貿易の約7割を占める最も基本的な輸送方法です。ロシアから欧州、カナダから米国など、陸続きの地域では直径1メートル以上の巨大パイプラインが何千キロも延びています。LNGと違って液化設備が不要なため、安定的で低コストな供給が可能です。
パイプラインガスは、天然ガスを気体の状態のまま、高圧パイプラインで輸送する最も伝統的かつ基本的な方式です。ガス田で産出された天然ガスは、不純物を除去した後、40-80気圧程度に圧縮され、地下または地上のパイプラインを通じて需要地まで運ばれます。この方法は、19世紀から使われている歴史ある技術で、現在でも世界の天然ガス輸送の約7割を占めています。
パイプライン輸送が必要な理由は、天然ガスが常温では気体であり、そのままでは輸送効率が悪いためです。圧縮することで密度を高め、大量のガスを継続的に送ることができます。また、一度パイプラインを建設すれば、50年以上にわたって安定的に使用でき、タンカーのような輸送手段と違って天候に左右されることもありません。この信頼性の高さが、多くの国でパイプラインガスが基幹エネルギーとして選ばれる理由です。
LNGとの最大の違いは、液化- 再ガス化のプロセスが不要なことです。このため、エネルギー損失が少なく、運用コストも低く抑えられます。ただし、パイプラインは陸続きでないと建設できないため、海を隔てた地域への輸送には適していません。また、一度建設すると輸送ルートが固定されるため、供給源の変更が困難という特徴もあります。
パイプラインガスの物理的特徴として、輸送中も気体の状態を保っていることが挙げられます。圧力は通常40-80気圧で、これは自動車のタイヤの空気圧(2-3気圧)の20倍以上に相当します。この高圧により、同じ体積のパイプラインでより多くのガスを輸送できます。温度は地中温度に近い10-20度程度で、特別な冷却や加熱は必要ありません。
経済的な特徴として、初期投資は大きいものの、運用コストは非常に低いことが挙げられます。直径1.2メートルのパイプライン建設費は、地形にもよりますが1キロメートルあたり2-5億円程度です。1000キロのパイプラインなら2000-5000億円の投資となりますが、年間200億立方メートル(LNG換算で約1500万トン)を輸送でき、40年以上使用できることを考えると、単位輸送コストはLNGより大幅に安くなります。
パイプラインシステムの信頼性も重要な特徴です。近代的なパイプラインは、高強度鋼管に防食コーティングを施し、カソード防食システムで電気化学的な腐食も防いでいます。また、100-200キロメートルごとにコンプレッサーステーションを設置し、輸送中に低下する圧力を再加圧することで、安定した流量を維持しています。監視システムも高度化しており、圧力、流量、温度などを24時間リアルタイムで監視し、異常があれば即座に対応できる体制が整っています。
現在、世界には総延長約200万キロメートルのガスパイプラインが存在し、年間約3兆立方メートルのガスを輸送しています。最大のパイプライン網を持つのはアメリカで、約50万キロメートルのパイプラインが全土に張り巡らされています。次いでロシアが約17万キロメートル、中国が急速に整備を進めて約10万キロメートルに達しています。
ロシアから欧州への天然ガス供給は、パイプラインガスの重要性を示す代表例です。ノルドストリーム(バルト海経由)、ヤマル- ヨーロッパ(ベラルーシ- ポーランド経由)、ブラザーフッド(ウクライナ経由)などの大動脈を通じて、年間約1500億立方メートルが供給されていました。2022年のウクライナ危機以降、この供給構造は大きく変化しましたが、パイプラインインフラ自体は依然として存在し、地政学的な重要性を持ち続けています。
北米市場では、カナダから米国への供給が重要な役割を果たしています。カナダは米国のガス輸入の約97%を供給しており、アルバータ州からシカゴ、トロントからニューヨークなど、複数の大口径パイプラインで結ばれています。また、米国内では、テキサス州やルイジアナ州のガス田から、北東部の大消費地への輸送が活発で、特に冬季の暖房需要期には、日量1000億立方フィート(年間約1兆立方メートル相当)以上が輸送されています。
パイプラインの建設は、まず詳細なルート調査から始まります。地形、地質、環境影響、土地所有権などを検討し、最適なルートを決定します。建設時は、幅20-30メートルの作業帯を確保し、溝を掘ってパイプを埋設します。パイプは通常12メートルの単位で製造され、現場で溶接して接続されます。溶接部は超音波やX線で検査され、欠陥がないことを確認してから埋め戻されます。
コンプレッサーステーションは、パイプラインシステムの心臓部です。ガスタービンや電動モーターで駆動される遠心圧縮機が、ガスを再圧縮して送り出します。一つのステーションの出力は数万馬力に達し、年間の運転コストは数億円に上ります。最新のステーションでは、可変速駆動や廃熱回収システムを導入し、エネルギー効率を最大化しています。
パイプラインの安全管理も重要な要素です。インテリジェントピグと呼ばれる検査装置を定期的にパイプライン内に走らせ、腐食、亀裂、変形などを検出します。また、地上からは定期的な巡回点検、航空機による監視、さらには衛星画像解析も行われています。ガス漏れ検知システムは、圧力低下パターンの分析により、漏洩位置を数百メートルの精度で特定できます。
パイプラインガスの取引は、長期契約が中心です。典型的な契約期間は15-25年で、テイク- オア- ペイ条項により、使用量に関わらず一定の支払い義務が発生します。これは、巨額の初期投資を回収するために必要な仕組みで、供給側に安定収入を保証する一方、需要側には安定供給を保証します。
料金体系は、一般的に容量料金と従量料金の二部料金制です。容量料金は、確保したパイプライン容量に対して支払う固定費で、実際の使用量に関わらず発生します。従量料金は、実際に輸送したガス量に応じた変動費です。この仕組みにより、パイプライン事業者は安定的な収入を確保しつつ、利用者には予測可能なコスト構造を提供しています。
第三者アクセス制度も重要な市場メカニズムです。EUや米国では、パイプライン所有者に対して、余剰容量を第三者に開放することを義務付けています。これにより、新規参入者も既存インフラを利用でき、市場の競争性が確保されています。料金は規制当局によって監督され、過度な独占利益を防ぐ仕組みになっています。
パイプラインガスは、輸送過程でのエネルギー消費がLNGより少ないため、ライフサイクルCO2排出量では優位性があります。コンプレッサーステーションでの燃料消費を含めても、輸送に必要なエネルギーは輸送ガスの2-4%程度で、LNGの液化- 再ガス化に必要な10-15%より大幅に少なくなっています。
しかし、パイプラインは固定インフラであるため、地政学的リスクに脆弱です。ウクライナ危機で明らかになったように、パイプラインルートが紛争地域を通過する場合、供給途絶のリスクがあります。また、長期契約による硬直性も問題で、需要が減少しても支払い義務が残るため、買い手にとってリスクとなることがあります。
メタンリークも重要な環境課題です。老朽化したパイプラインからの漏洩、コンプレッサーステーションでの放出、メンテナンス時のベンティングなどにより、輸送ガスの0.5-2%が大気中に放出されているとの推計もあります。最新の検知技術と修繕プログラムにより、この問題への対応が進んでいますが、完全な解決には至っていません。現在、多くの国で厳格な排出規制が導入され、事業者は継続的な設備更新と監視強化を迫られています。
NBP
英国の天然ガス取引の中心となる仮想取引拠点で、1996年に設立された欧州で最も歴史ある市場の一つです。北海ガス田からの供給とLNG輸入の両方を扱い、英国のガス価格を決定する重要な役割を果たしています。欧州大陸のTTFと並んで、国際的な天然ガス価格の重要な指標として世界中で参照されています。
LNG(液化天然ガス)
天然ガスをマイナス162度まで冷却して液体にしたもので、体積が600分の1になるため船での大量輸送が可能になります。日本は世界最大のLNG輸入国として、中東やオーストラリアから年間約7000万トンを調達しています。パイプラインがない地域でも天然ガスを利用できる画期的な技術として、世界のエネルギー貿易を大きく変えました。
湿性ガス
天然ガスの中でもプロパンやブタンなどの液化しやすい成分を豊富に含んでいるガスのことです。これらの成分は冷却や圧縮によって分離され、LPGや石油化学原料として高値で取引されるため、ガス田の収益性を大きく向上させます。近年のシェール革命により、ウェットガスの生産が急増し、世界のエネルギー市場に大きな影響を与えています。
乾性ガス
天然ガスの中でもメタンが90%以上を占め、液体になりやすい成分がほとんど含まれていないガスのことです。そのままパイプラインで輸送でき、都市ガスや発電の燃料として直接使えるため、最も扱いやすい天然ガスといえます。処理コストが低く経済性に優れていることから、世界中で広く利用されています。
ヘンリーハブ
アメリカのルイジアナ州にある天然ガスパイプラインの集積地で、北米の天然ガス価格を決める最も重要な指標です。ここで形成される価格はNYMEX先物の基準となり、世界中のLNG取引でも参照されています。9本の州間パイプラインが交差し、日量20億立方フィートのガスが行き交う巨大なハブです。
CNG(圧縮天然ガス)
天然ガスを200気圧程度まで圧縮して、専用容器に充填したものです。液化させずに気体のまま圧縮するため設備が簡単で、バスやトラックの燃料として世界中で使われています。ディーゼル車より排ガスがきれいで、都市部の大気汚染対策として多くの国が導入を進めています。