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アメリカのルイジアナ州にある天然ガスパイプラインの集積地で、北米の天然ガス価格を決める最も重要な指標です。ここで形成される価格はNYMEX先物の基準となり、世界中のLNG取引でも参照されています。9本の州間パイプラインが交差し、日量20億立方フィートのガスが行き交う巨大なハブです。
ヘンリーハブ(Henry Hub)は、アメリカのルイジアナ州バーミリオン郡に位置する天然ガスパイプラインの物理的な接続地点です。正確には、サビーン- パイプライン社が所有する配送ハブで、ここで複数の主要パイプラインが接続され、ガスの売買と配送先の切り替えが行われています。1988年にNYMEX(ニューヨーク商品取引所)が天然ガス先物取引を開始する際、このヘンリーハブを受渡地点として指定したことで、北米の天然ガス価格の基準点となりました。
なぜヘンリーハブが価格基準として選ばれたのかというと、その地理的優位性と接続性の高さにあります。メキシコ湾岸地域は、テキサス州とルイジアナ州の陸上ガス田、メキシコ湾の海上ガス田、そして近年はシェールガスの大産地に囲まれており、供給が豊富です。また、東部の大消費地へのパイプライン、メキシコへの輸出パイプライン、LNG輸出施設へのアクセスも良好で、まさに北米ガス市場の心臓部といえる立地なのです。
価格指標としてのヘンリーハブの重要性は、単にアメリカ国内に留まりません。アメリカがLNG輸出を本格化して以降、ヘンリーハブ価格プラス液化コストという価格方式が世界中で採用されるようになり、従来の原油価格連動とは異なる新しい価格体系を生み出しました。これにより、世界のガス市場がより統合され、価格の透明性も向上しています。
ヘンリーハブの物理的特徴として、9本の州間パイプラインと4本の州内パイプラインが接続していることが挙げられます。これらのパイプラインの合計容量は日量180億立方フィート(年間約1800億立方メートル)に達し、アメリカの天然ガス消費量の約20%が何らかの形でヘンリーハブを経由しています。また、近隣には巨大な地下貯蔵施設があり、季節変動に対応する調整機能も果たしています。
価格形成の特徴として、純粋な需給バランスによる価格決定が行われることが重要です。多数の生産者と需要家が参加し、日々の取引を通じて市場価格が形成されます。NYMEX先物市場では、最長12年先までの取引が可能で、この長期価格曲線(フォワードカーブ)は、投資判断や契約交渉の重要な参考指標となっています。
市場の流動性も大きな特徴です。現物取引、先物取引、オプション取引、スワップ取引など、様々な金融商品が活発に取引されており、一日の取引量は実際の物理的な流通量の何倍にも達します。この高い流動性により、大口取引でも価格への影響を最小限に抑えることができ、リスクヘッジ手段としての信頼性も高まっています。
ヘンリーハブ価格は、複数の要因が複雑に絡み合って決定されます。最も基本的な要因は、天候による需要変動です。冬の暖房需要と夏の冷房需要(ガス火力発電経由)が主要な変動要因で、気温が平年から1度ずれるだけで、価格が10-20%変動することもあります。週次で発表される天然ガス貯蔵量レポートは、需給バランスを示す最重要指標として、市場参加者が注目しています。
供給側の要因も重要です。シェールガスの生産動向、メキシコ湾のハリケーンによる生産停止、パイプラインのメンテナンスや事故による供給制約などが価格に影響します。特にシェールガス革命以降、掘削リグ数と生産量の関係が注目されており、ベーカーヒューズ社が毎週発表するリグカウントは、将来の供給見通しを示す指標として重視されています。
他のエネルギー価格との関係も無視できません。石炭価格が上昇すると、発電所がガス火力への切り替えを進めるため、ガス需要が増加します。原油価格との相関は以前より弱まりましたが、石油随伴ガスの生産量を通じて間接的な影響があります。また、再生可能エネルギーの発電量も、ガス火力の稼働率を左右する要因となっています。
ヘンリーハブ市場の参加者は多岐にわたります。生産者側では、エクソンモービル、シェブロン、EOGリソーシズなどの大手から、シェールガス専門の中小企業まで数百社が参加しています。需要側では、電力会社、都市ガス会社、化学会社などの実需家に加え、商社やトレーディング会社も活発に取引しています。
金融機関の役割も重要です。ゴールドマンサックス、モルガンスタンレー、JPモルガンなどの投資銀行は、デリバティブ取引を通じて流動性を提供し、生産者と需要家のリスクヘッジを仲介しています。ヘッジファンドも、価格の歪みを捉えた裁定取引や、天候デリバティブとの組み合わせ取引などで市場に厚みを加えています。
実際の取引は、NYMEX(現在はCMEグループ)の電子取引システムで行われます。取引単位は10,000MMBtu(百万英国熱量単位、約1万立方メートル)で、価格は$/MMBtuで表示されます。2023年の一日平均取引量は約50万枚(契約)で、これは実物換算で約50億立方メートルに相当します。取引時間は、ほぼ24時間(日曜夕方から金曜夕方まで)で、世界中から取引に参加できます。
ヘンリーハブ価格は、北米の他の地域価格とも密接に関連しています。カナダのAECO、西部のオパール、東部のドミニオンサウスなど、各地域のハブ価格は、ヘンリーハブ価格に輸送コスト(ベーシス)を加減した水準で取引されます。このベーシス自体も先物取引の対象となっており、地域間の需給バランスを反映した価格形成が行われています。
国際市場との関係では、アメリカのLNG輸出が重要な接続点となっています。ヘンリーハブ価格に液化コスト($3/MMBtu程度)と輸送コストを加えた価格が、アメリカ産LNGの輸出価格となります。これにより、アジアや欧州の高価格時にはアメリカからの輸出が増え、価格差が縮小するという裁定メカニズムが働いています。2022年の欧州エネルギー危機時には、この関係が特に顕著に現れました。
メキシコへのパイプライン輸出も重要な要素です。アメリカからメキシコへのガス輸出は日量60億立方フィート(年間約600億立方メートル)に達し、これはアメリカの生産量の約6%に相当します。メキシコの電力- 工業需要の増加により、この輸出量は着実に増加しており、ヘンリーハブ価格の下支え要因となっています。
2024年現在のヘンリーハブ価格は、$2-4/MMBtuのレンジで推移しており、歴史的に見ると比較的低い水準にあります。これは、シェールガスの継続的な生産増加と、比較的温暖な冬が続いたことによる需要の抑制が主因です。一方で、LNG輸出の増加、石炭火力発電の廃止、工業需要の回復などが価格を下支えしています。
市場の課題として、価格のボラティリティが挙げられます。2021年2月のテキサス寒波では、一時的に$20/MMBtuを超える異常高値を記録し、多くの市場参加者が大きな損失を被りました。このような極端な価格変動は、電力会社や都市ガス会社の経営を不安定にし、最終的には消費者負担の増加につながる可能性があります。
インフラの制約も重要な課題です。生産地域から需要地域へのパイプライン容量が不足すると、地域間の価格差が拡大し、市場の効率性が損なわれます。特に、北東部への輸送能力の不足は慢性的な問題となっており、冬季には大きな価格プレミアムが発生することがあります。現在、複数のパイプライン拡張プロジェクトが進行中ですが、環境規制や地域住民の反対により、完成が遅れているケースも多く見られます。
NBP
英国の天然ガス取引の中心となる仮想取引拠点で、1996年に設立された欧州で最も歴史ある市場の一つです。北海ガス田からの供給とLNG輸入の両方を扱い、英国のガス価格を決定する重要な役割を果たしています。欧州大陸のTTFと並んで、国際的な天然ガス価格の重要な指標として世界中で参照されています。
LNG(液化天然ガス)
天然ガスをマイナス162度まで冷却して液体にしたもので、体積が600分の1になるため船での大量輸送が可能になります。日本は世界最大のLNG輸入国として、中東やオーストラリアから年間約7000万トンを調達しています。パイプラインがない地域でも天然ガスを利用できる画期的な技術として、世界のエネルギー貿易を大きく変えました。
湿性ガス
天然ガスの中でもプロパンやブタンなどの液化しやすい成分を豊富に含んでいるガスのことです。これらの成分は冷却や圧縮によって分離され、LPGや石油化学原料として高値で取引されるため、ガス田の収益性を大きく向上させます。近年のシェール革命により、ウェットガスの生産が急増し、世界のエネルギー市場に大きな影響を与えています。
乾性ガス
天然ガスの中でもメタンが90%以上を占め、液体になりやすい成分がほとんど含まれていないガスのことです。そのままパイプラインで輸送でき、都市ガスや発電の燃料として直接使えるため、最も扱いやすい天然ガスといえます。処理コストが低く経済性に優れていることから、世界中で広く利用されています。
パイプラインガス
パイプラインを通じて気体のまま輸送される天然ガスで、世界のガス貿易の約7割を占める最も基本的な輸送方法です。ロシアから欧州、カナダから米国など、陸続きの地域では直径1メートル以上の巨大パイプラインが何千キロも延びています。LNGと違って液化設備が不要なため、安定的で低コストな供給が可能です。
CNG(圧縮天然ガス)
天然ガスを200気圧程度まで圧縮して、専用容器に充填したものです。液化させずに気体のまま圧縮するため設備が簡単で、バスやトラックの燃料として世界中で使われています。ディーゼル車より排ガスがきれいで、都市部の大気汚染対策として多くの国が導入を進めています。