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天然ガスの中でもプロパンやブタンなどの液化しやすい成分を豊富に含んでいるガスのことです。これらの成分は冷却や圧縮によって分離され、LPGや石油化学原料として高値で取引されるため、ガス田の収益性を大きく向上させます。近年のシェール革命により、ウェットガスの生産が急増し、世界のエネルギー市場に大きな影響を与えています。
ウェットガス(Wet Gas)という名前は、このガスが「濡れている」という意味ではなく、常温や軽い圧力で液体になりやすい成分を多く含んでいることを表しています。地下から採取される天然ガスには、最も軽いメタンから、エタン、プロパン、ブタン、ペンタンといった、だんだん重くなる炭化水素が混ざっていますが、ウェットガスはこれらの重い成分(業界では「C2プラス」と呼びます)を特に多く含んでいるのが特徴です。
具体的には、1立方メートルのガスから50グラム以上の液体成分が回収できるものをウェットガスと分類することが一般的です。これらの液体成分は天然ガス液(NGL: Natural Gas Liquids)と呼ばれ、実はガス本体よりも価値が高いことが多く、ガス田開発の経済性を左右する重要な要素となっています。
ウェットガスがそのままでは使いにくいのは、パイプラインで輸送している途中で液体が分離してしまい、配管を詰まらせたり、機器を傷めたりする可能性があるためです。そのため、ガス田から産出されたウェットガスは、必ず処理施設で液体成分を分離してから、パイプラインに送られることになります。
ウェットガスの最大の魅力は、その経済的価値の高さにあります。例えば、プロパンやブタンはLPG(液化石油ガス)として家庭用や業務用の燃料に使われ、エタンは石油化学工業でプラスチックの原料となるエチレンを作るのに欠かせません。天然ガソリンと呼ばれる成分は、自動車用ガソリンに混ぜて使用されます。つまり、ウェットガスは一つの資源から複数の製品を生み出せる、付加価値の高い資源なのです。
アメリカでシェール革命が起きた際、多くの企業がウェットガスを産出する地層を狙って開発を進めたのも、この付加価値の高さが理由でした。ガス価格が低迷しても、NGLの販売収入があれば採算が取れるため、リスク分散の観点からも優れた投資対象となったのです。実際、テキサス州のイーグルフォードやペンシルベニア州のマーセラスといった有名なシェール層では、ウェットガスゾーンの開発が特に活発に行われています。
ただし、ウェットガスの処理には専門的な設備と技術が必要です。ガスプロセッシングプラントと呼ばれる施設では、段階的な冷却と圧力調整により、それぞれの成分の沸点の違いを利用して分離を行います。この過程は、原油を精製してガソリンや軽油を作るのと似た原理ですが、ガスの場合はより低温での処理が必要となるため、設備投資も大きくなります。
ウェットガスは世界中で産出されていますが、特に多いのは比較的浅い地層や、原油と一緒に出てくる随伴ガスです。地層の温度や圧力、有機物の熟成度によって、ドライガスになるかウェットガスになるかが決まります。一般的に、地層が若く、温度がそれほど高くない環境では、重い炭化水素が分解されずに残るため、ウェットガスとなる傾向があります。
処理技術の中心は、冷却分離プロセスです。現在の施設では「ターボエキスパンダー」と呼ばれる装置を使って、ガスを急速に膨張させて温度を下げ、効率的に液体成分を分離する方法が主流となっています。また、分離した後の各成分をさらに細かく分けるフラクショネーターという装置では、わずかな沸点の違いを利用して、99%以上の純度で各製品を取り出すことができます。
興味深いのは、同じガス田でも場所によってウェット度が異なることです。例えば、マーセラス- シェール層では、西側はドライガスが多く、東側に行くほどウェットガスの割合が増えます。このため、開発企業は地質データを詳細に分析し、最も収益性の高いエリアを選んで井戸を掘っています。水平掘削技術により、地下数千メートルの深さで、狙った地層を正確に掘り進むことが可能になり、ウェットガスゾーンへの効率的なアクセスが実現しています。
ウェットガスから分離されたNGLは、世界中で様々な用途に使われています。日本では、アメリカから輸入したプロパンやブタンが、都市ガスの届かない地域で重要なエネルギー源となっています。タクシーの燃料としてLPGが使われているのも、多くの方がご存知でしょう。また、カセットコンロのガスボンベに入っているのも、主にブタンです。
石油化学産業にとって、エタンは特に重要な原料です。アメリカでは、安価なシェール由来のエタンを使ってエチレンを製造することで、プラスチック産業の競争力が飛躍的に向上しました。その結果、世界の石油化学産業の勢力図が大きく変わり、中東や日本の石油化学企業も、原料調達戦略の見直しを迫られています。
価格形成の面でも、ウェットガスは複雑で興味深い特徴を持っています。ガス本体の価格だけでなく、原油価格(NGLの価格は原油価格に連動することが多い)、各種石油化学製品の需給、季節要因(冬場のプロパン需要など)といった複数の要因が絡み合って収益性が決まります。このため、ウェットガス田の開発企業は、高度な経済モデルを使って投資判断を行っています。
NGLの国際貿易は現在、急速に拡大しています。アメリカでは、シェール革命によってNGLの生産が急増し、大規模な輸出ターミナルが次々と建設されました。専用の冷凍LPG船で輸送されたNGLは、アジアや欧州、中南米の市場に供給されています。日本も年間数百万トンのLPGを輸入しており、その多くがアメリカ産となっています。
輸送の際には、各成分の特性に応じた取り扱いが必要です。プロパンはマイナス42度、ブタンはマイナス0.5度で液化するため、それぞれ適切な温度管理が求められます。また、これらは可燃性が高いため、安全対策も厳格に行われています。港湾施設では、万が一の事故に備えて、大規模な消火設備や緊急遮断システムが整備されています。
NGLの輸送コストは比較的安いため、地域間の価格差が大きい場合には、裁定取引の機会が生まれます。例えば、アメリカでプロパンが余剰で価格が安く、日本で不足して価格が高い場合、その価格差を利用した取引が活発に行われます。このような国際的な取引により、世界のエネルギー市場の効率性が高まっています。
ウェットガスの処理においても、環境への配慮は欠かせません。特に問題となるのが、処理過程でのメタン漏洩と、揮発性有機化合物(VOC)の排出です。メタンは強力な温室効果ガスであり、VOCは大気汚染の原因となるため、厳格な管理が求められています。
現在の処理施設では、ベーパーリカバリーユニットと呼ばれる装置で、貯蔵タンクから蒸発するガスを回収し、再利用しています。また、光学式ガス検知カメラやドローンを使った定期的な点検により、微小な漏洩も見逃さない体制が整備されています。衛星画像解析技術により、宇宙からメタンの漏洩を検知することも実用化されています。
処理プラントの運転は高度に自動化されており、温度、圧力、流量などのパラメーターを常時監視し、最適な条件を維持しています。異常が検知されると、自動的に安全側に制御され、必要に応じてプラントを停止させるシステムが組み込まれています。また、定期的なメンテナンスと検査により、設備の健全性を維持し、事故を未然に防いでいます。
ウェットガス田の開発経済性は、複数の収入源があることで特徴づけられます。ドライガスの販売収入に加えて、エタン、プロパン、ブタン、天然ガソリンそれぞれの販売収入があり、これらの合計で投資回収を図ります。一般的に、NGLの価値はガス全体の収入の30-50%を占め、場合によってはそれ以上になることもあります。
投資判断においては、各製品の価格見通しが重要です。エタンは石油化学需要、プロパン- ブタンは民生- 工業需要、天然ガソリンはガソリン需要と、それぞれ異なる市場要因に影響されます。このため、開発企業は複数のシナリオを想定し、価格変動リスクを評価しています。また、処理施設への投資は複数の生産者で共同化することも多く、規模の経済を追求しています。
現在の市場環境では、アメリカのウェットガス開発が最も活発です。シェール層からのウェットガス生産は、技術の進歩により採算性が大幅に向上し、ヘンリーハブ価格が$2.5/MMBtu程度でも、NGLの収入を含めれば十分な利益が出る水準になっています。この競争力の高さが、アメリカを世界最大のNGL輸出国に押し上げた要因となっています。
NBP
英国の天然ガス取引の中心となる仮想取引拠点で、1996年に設立された欧州で最も歴史ある市場の一つです。北海ガス田からの供給とLNG輸入の両方を扱い、英国のガス価格を決定する重要な役割を果たしています。欧州大陸のTTFと並んで、国際的な天然ガス価格の重要な指標として世界中で参照されています。
LNG(液化天然ガス)
天然ガスをマイナス162度まで冷却して液体にしたもので、体積が600分の1になるため船での大量輸送が可能になります。日本は世界最大のLNG輸入国として、中東やオーストラリアから年間約7000万トンを調達しています。パイプラインがない地域でも天然ガスを利用できる画期的な技術として、世界のエネルギー貿易を大きく変えました。
乾性ガス
天然ガスの中でもメタンが90%以上を占め、液体になりやすい成分がほとんど含まれていないガスのことです。そのままパイプラインで輸送でき、都市ガスや発電の燃料として直接使えるため、最も扱いやすい天然ガスといえます。処理コストが低く経済性に優れていることから、世界中で広く利用されています。
パイプラインガス
パイプラインを通じて気体のまま輸送される天然ガスで、世界のガス貿易の約7割を占める最も基本的な輸送方法です。ロシアから欧州、カナダから米国など、陸続きの地域では直径1メートル以上の巨大パイプラインが何千キロも延びています。LNGと違って液化設備が不要なため、安定的で低コストな供給が可能です。
ヘンリーハブ
アメリカのルイジアナ州にある天然ガスパイプラインの集積地で、北米の天然ガス価格を決める最も重要な指標です。ここで形成される価格はNYMEX先物の基準となり、世界中のLNG取引でも参照されています。9本の州間パイプラインが交差し、日量20億立方フィートのガスが行き交う巨大なハブです。
CNG(圧縮天然ガス)
天然ガスを200気圧程度まで圧縮して、専用容器に充填したものです。液化させずに気体のまま圧縮するため設備が簡単で、バスやトラックの燃料として世界中で使われています。ディーゼル車より排ガスがきれいで、都市部の大気汚染対策として多くの国が導入を進めています。