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原油を採掘する際に一緒に出てくる天然ガスのことで、世界のガス生産量の約20%を占める重要な供給源です。以前は廃棄されることも多かったのですが、環境規制の強化と技術の進歩により、現在では貴重なエネルギー資源として回収・利用されています。中東やアフリカの産油国では、随伴ガスの有効活用が経済発展の鍵となっています。
随伴ガス(Associated Gas)は、原油の採掘時に油層から一緒に産出される天然ガスのことです。地下深くでは、原油と天然ガスが高圧下で混在しており、原油を地上に汲み上げると圧力が下がって、溶けていたガスが分離して出てきます。これは、炭酸飲料の栓を開けると二酸化炭素が泡となって出てくるのと似た原理です。
世界の天然ガス生産量の約20%が随伴ガスとされており、特に中東、アフリカ、ロシアなどの大規模油田地帯で多く産出されています。原油が主目的で、ガスは「副産物」として扱われることが多かったため、歴史的には十分に活用されてこなかった資源でした。しかし、エネルギー需要の増大と環境意識の高まりにより、現在では貴重なエネルギー源として認識されています。
随伴ガスの量と組成は、油田によって大きく異なります。一般的に、原油1バレルあたり数立方フィートから数千立方フィートのガスが産出されます。この比率を「ガス油比(GOR: Gas-Oil Ratio)」と呼び、油田の特性を示す重要な指標となっています。中東の巨大油田の中には、随伴ガスだけで中規模のガス田に匹敵する量を産出するものもあります。
随伴ガスの歴史は、石油産業の発展と密接に関連しています。20世紀前半、石油開発が本格化した当時、随伴ガスは厄介な副産物として扱われていました。ガスを処理- 輸送するインフラがなく、経済的価値も低かったため、多くが大気中に放出(ベンティング)されるか、燃焼(フレアリング)されていました。
特にフレアリングは現在も深刻な問題です。世界銀行の推計によると、年間1400億立方メートル以上のガスがフレアリングされており、これは日本の年間ガス消費量を上回る量です。衛星写真を見ると、ナイジェリアのニジェールデルタ、ロシアの西シベリア、イラクの油田地帯などで、無数の炎が夜空を照らしている様子が確認できます。
このフレアリングは、莫大なエネルギーの無駄であるだけでなく、深刻な環境問題を引き起こしています。年間3億トン以上の二酸化炭素が排出され、地球温暖化の一因となっています。また、不完全燃焼による黒煙やメタンの漏洩は、局所的な大気汚染と健康被害をもたらしています。このため、国際社会はフレアリング削減を重要な課題として取り組んでいます。
随伴ガスの有効活用を阻んでいた最大の要因は、技術的- 経済的な課題でした。油田は往々にして需要地から遠く離れており、パイプライン建設には莫大な投資が必要です。また、随伴ガスは生産量が原油生産に依存するため、安定供給が難しいという問題もありました。
現在では、様々な解決策が実用化されています。まず、小規模LNGプラントの開発により、遠隔地でもガスを液化して輸送することが可能になりました。フローティングLNG(FLNG)施設は、海上油田で直接ガスを液化でき、パイプライン建設が不要です。例えば、マレーシアのペトロナスが運用するPFLNG Satuは、年間120万トンのLNG生産能力を持ち、海上で随伴ガスを処理しています。
現地での利用も拡大しています。油田での発電に随伴ガスを使用することで、ディーゼル発電機の燃料費を削減できます。また、原油の増進回収(EOR: Enhanced Oil Recovery)のために、ガスを油層に再注入する技術も普及しています。これは、油層の圧力を維持し、原油の回収率を高める効果があり、多くの成熟油田で採用されています。
中東地域では、随伴ガスの活用が国家戦略の重要な柱となっています。サウジアラビアは、マスターガスシステムと呼ばれる巨大なガス収集- 処理ネットワークを構築し、随伴ガスを石油化学産業や発電、海水淡水化などに活用しています。このシステムは総延長1万キロメートル以上のパイプライン網と、複数の処理施設から構成され、日量120億立方フィートのガスを処理しています。
アフリカでは、状況がより複雑です。ナイジェリアは世界最大級のフレアリング国でしたが、近年は改善が進んでいます。政府は2030年までにフレアリングをゼロにする目標を掲げ、ガス収集インフラの整備を進めています。2023年のフレアリング量は約50億立方メートルと、10年前の半分以下に減少しました。アンゴラやガボンでも、LNGプロジェクトを通じて随伴ガスの商業化が進展しています。
ロシアでは、広大な国土と厳しい気候条件が課題となっていますが、政府の規制強化により、フレアリング削減が進んでいます。特に、随伴ガスの95%以上を有効利用することを義務付ける法律が2012年に施行され、石油会社はガス処理設備への投資を加速させています。2023年のロシアの随伴ガス利用率は約94%に達しています。
随伴ガスの経済性は、原油価格、ガス価格、処理- 輸送コスト、規制環境など、多くの要因に左右されます。原油生産が主目的であるため、ガス処理設備への投資判断は慎重に行われる必要があります。しかし、炭素価格の導入や環境規制の強化により、フレアリングのコストが上昇し、回収- 利用の経済性が向上しています。
現在、随伴ガスプロジェクトは、ESG(環境- 社会- ガバナンス)投資の重要な対象となっています。フレアリング削減は、温室効果ガス削減に直接貢献するため、投資家からの評価が高まっています。世界銀行の「ゼロ- ルーティン- フレアリング2030」イニシアチブには、100以上の石油会社と40以上の政府が参加し、資金調達の優遇措置を受けています。
また、随伴ガスの商業化は、産油国の経済多様化にも貢献しています。ガス火力発電により電力供給が安定し、産業発展の基盤が整備されます。石油化学産業の原料としても活用でき、付加価値の高い製品輸出が可能になります。例えば、UAEでは随伴ガスを原料とした石油化学コンプレックスが稼働し、年間数百億ドルの輸出収入を生み出しています。
随伴ガスの処理は、通常のガス田からのガスより複雑です。原油に溶けていた様々な成分が含まれるため、硫化水素、二酸化炭素、水分、重質炭化水素などを除去する必要があります。特に硫化水素は腐食性が強く、人体にも有害なため、厳格な処理が求められます。
処理プロセスは、まず油ガス分離から始まります。セパレーターと呼ばれる装置で、圧力と温度を調整して原油とガスを分離します。次に、ガス処理プラントで不純物を除去し、商業規格に適合するよう調整します。このプロセスで回収される液体炭化水素(コンデンセート)は、別途販売される貴重な副産物となります。現在の処理技術では、硫黄分を1ppm以下まで除去でき、パイプライン輸送や液化に適した品質を実現しています。
品質管理も重要な課題です。随伴ガスの組成は、同じ油田でも井戸によって異なり、時間とともに変化することもあります。このため、連続的な成分分析と、処理条件の最適化が必要です。最新のプラントでは、オンライン分析計により、リアルタイムで成分をモニタリングし、自動制御により品質の安定化を図っています。
随伴ガスの輸送方法は、立地条件と生産規模によって決まります。大規模油田で既存のガスパイプライン網に近い場合は、パイプライン接続が最も経済的です。中東の多くの油田では、この方式が採用されており、処理された随伴ガスは国内の都市ガス網や石油化学プラントに供給されています。
小規模LNGは、革新的な解決策として実用化されています。日産数十トンから数百トン規模の液化設備を油田近くに設置し、ISOコンテナやLNGローリーで需要地まで輸送します。この方式は、インドネシアやナイジェリアで実用化され、島嶼部や内陸部へのガス供給を可能にしています。例えば、インドネシアの小規模LNGプロジェクトは、年間約50万トンのLNGを生産し、国内の300以上の地域に供給しています。
圧縮天然ガス(CNG)による輸送も選択肢の一つです。特に、中小規模の油田や、需要地が比較的近い場合に適しています。CNG船やCNGバージによる海上輸送も実用化されており、カリブ海地域では、トリニダード- トバゴからバルバドスへのCNG輸送プロジェクトが進行中です。
随伴ガスに関する規制は、国によって大きく異なります。ノルウェーは1970年代から厳格な規制を導入し、フレアリングをほぼゼロにすることに成功しました。現在のノルウェーのフレアリング率は0.2%以下で、世界最低水準です。カナダのアルバータ州も、詳細な規制とインセンティブの組み合わせにより、随伴ガス利用率95%以上を達成しています。
国際的な取り組みも活発化しています。世界銀行の「Global Gas Flaring Reduction Partnership(GGFR)」は、技術支援と資金援助を通じて、発展途上国のフレアリング削減を支援しています。2023年までに、このプログラムを通じて約200億立方メートルのフレアリング削減が実現しました。また、「Methane Guiding Principles」には、65社以上の石油会社が署名し、メタン排出削減にコミットしています。
炭素クレジット市場も、随伴ガス回収を促進する要因となっています。フレアリング削減プロジェクトは、検証可能な温室効果ガス削減をもたらすため、炭素クレジットの対象となります。2023年には、随伴ガス回収プロジェクトから約2000万トンのCO2相当の炭素クレジットが発行され、プロジェクトの経済性向上に貢献しています。
2024年現在、世界の随伴ガス生産量は年間約8000億立方メートルで、その約85%が有効利用されています。残りの15%(約1200億立方メートル)がフレアリングまたはベンティングされていますが、これも10年前の25%から大幅に改善しています。
地域別に見ると、中東では利用率が95%以上と高い水準にありますが、アフリカでは約70%、ロシア- CIS地域では約90%となっています。改善が最も顕著なのはアメリカで、シェール油田での随伴ガス回収インフラの整備により、利用率は2013年の85%から2023年には97%まで向上しました。
経済的な成果も明確です。随伴ガスの有効利用により、年間約1500億ドル相当のエネルギー資源が回収され、約4億トンのCO2排出が回避されています。これは、約8000万台の自動車の年間排出量に相当します。また、随伴ガスを原料とした発電により、約2億人に電力を供給できる容量が確保されています。このように、随伴ガスは廃棄物から貴重な資源へと完全に変貌を遂げ、世界のエネルギー供給において重要な役割を果たしています。
NBP
英国の天然ガス取引の中心となる仮想取引拠点で、1996年に設立された欧州で最も歴史ある市場の一つです。北海ガス田からの供給とLNG輸入の両方を扱い、英国のガス価格を決定する重要な役割を果たしています。欧州大陸のTTFと並んで、国際的な天然ガス価格の重要な指標として世界中で参照されています。
LNG(液化天然ガス)
天然ガスをマイナス162度まで冷却して液体にしたもので、体積が600分の1になるため船での大量輸送が可能になります。日本は世界最大のLNG輸入国として、中東やオーストラリアから年間約7000万トンを調達しています。パイプラインがない地域でも天然ガスを利用できる画期的な技術として、世界のエネルギー貿易を大きく変えました。
湿性ガス
天然ガスの中でもプロパンやブタンなどの液化しやすい成分を豊富に含んでいるガスのことです。これらの成分は冷却や圧縮によって分離され、LPGや石油化学原料として高値で取引されるため、ガス田の収益性を大きく向上させます。近年のシェール革命により、ウェットガスの生産が急増し、世界のエネルギー市場に大きな影響を与えています。
乾性ガス
天然ガスの中でもメタンが90%以上を占め、液体になりやすい成分がほとんど含まれていないガスのことです。そのままパイプラインで輸送でき、都市ガスや発電の燃料として直接使えるため、最も扱いやすい天然ガスといえます。処理コストが低く経済性に優れていることから、世界中で広く利用されています。
パイプラインガス
パイプラインを通じて気体のまま輸送される天然ガスで、世界のガス貿易の約7割を占める最も基本的な輸送方法です。ロシアから欧州、カナダから米国など、陸続きの地域では直径1メートル以上の巨大パイプラインが何千キロも延びています。LNGと違って液化設備が不要なため、安定的で低コストな供給が可能です。
ヘンリーハブ
アメリカのルイジアナ州にある天然ガスパイプラインの集積地で、北米の天然ガス価格を決める最も重要な指標です。ここで形成される価格はNYMEX先物の基準となり、世界中のLNG取引でも参照されています。9本の州間パイプラインが交差し、日量20億立方フィートのガスが行き交う巨大なハブです。
CNG(圧縮天然ガス)
天然ガスを200気圧程度まで圧縮して、専用容器に充填したものです。液化させずに気体のまま圧縮するため設備が簡単で、バスやトラックの燃料として世界中で使われています。ディーゼル車より排ガスがきれいで、都市部の大気汚染対策として多くの国が導入を進めています。