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日本と韓国向けのLNGスポット価格指標で、アジア太平洋地域の天然ガス価格を代表する重要な指標です。プラッツ社が2009年から公表を開始し、現在では中国やインドも含むアジア全体のLNG取引で広く参照されています。原油価格連動の長期契約が主流だったアジア市場に、需給を反映した価格形成をもたらしました。
JKM(Japan Korea Marker)は、日本と韓国に配送されるLNGのスポット価格を示す指標で、エネルギー情報会社のS&Pグローバル- プラッツが算出- 公表しています。2009年2月に導入されたこの指標は、それまで不透明だったアジアのLNGスポット市場に価格の透明性をもたらし、現在ではアジア太平洋地域全体のLNG価格を代表する指標となっています。
なぜJKMが必要だったのかというと、アジアのLNG市場の特殊性にあります。伝統的にアジアのLNG取引は、20年以上の長期契約が中心で、価格は原油価格に連動する方式(JCC: Japan Crude Cocktail連動)でした。しかし、2008年の金融危機後、需要の変動が大きくなり、長期契約だけでは対応できない状況が生まれました。スポット取引が増加する中で、市場参加者は共通の価格指標を必要としていたのです。
JKMという名称は日本と韓国を指していますが、実際には中国、台湾、インド、タイなど、アジア全体のLNG取引で参照されています。これは、日本と韓国が長年にわたってアジアのLNG市場をリードし、最も流動性の高い市場だったことに由来します。現在では中国が世界最大のLNG輸入国となりましたが、JKMは依然としてアジアの代表的価格指標としての地位を保っています。
JKMの価格は、実際の取引、売買提示価格(ビッド- オファー)、市場参加者へのヒアリングを基に算出されます。プラッツ社の専門アナリストが、毎営業日の午後4時30分(シンガポール時間)に、その日の市場を最も適切に反映する価格を決定します。この方式は「Market on Close」と呼ばれ、一日の取引を総合的に評価して価格を決める仕組みです。
価格の表示単位は$/MMBtu(百万英国熱量単位あたりドル)で、これは国際的なガス価格の標準単位です。配送時期による価格カーブも公表されており、当月渡しから6か月先渡しまでの価格を確認できます。通常、冬季(12-2月)渡しの価格は、暖房需要の増加を反映して高くなる傾向があります。
JKMの重要な特徴は、DES(Delivered Ex-Ship)ベースの価格であることです。これは、LNGを積んだ船が買い手の指定する港に到着した時点で所有権が移転する条件で、輸送コストと保険料が含まれた価格です。このため、FOB(本船渡し)価格より高く、買い手にとってはより実際的な調達コストを示しています。
JKM価格は、アジア地域の LNG需給バランスを敏感に反映します。需要側の主要因は、北東アジアの気温です。日本、韓国、中国北部の冬は寒さが厳しく、暖房用のガス需要が急増します。平年より気温が1度低いだけで、LNG需要は5-10%増加し、価格に大きな影響を与えます。逆に、暖冬の場合は在庫が積み上がり、価格が下落します。
原子力発電の稼働状況も重要な要因です。日本では2011年の福島事故以降、原発の多くが停止し、その分をLNG火力発電で補ってきました。原発が1基再稼働すると、年間100万トンのLNG需要が減少するため、価格への影響は無視できません。韓国でも原発の計画外停止があると、LNGの緊急調達が必要となり、価格が跳ね上がることがあります。
供給側では、オーストラリア、カタール、マレーシア、インドネシアなどの生産国の状況が影響します。生産設備のトラブル、メンテナンス、労働争議などによる供給停止は、即座に価格に反映されます。また、パナマ運河の通航制限、台風による荷役停止、船舶の不足なども、短期的な価格変動要因となります。
JKM市場の参加者は、大きく実需家とトレーダーに分けられます。実需家側では、日本の東京電力、関西電力、東京ガス、韓国のKOGAS、台湾のCPC、中国のCNOOC、ペトロチャイナなどが主要プレーヤーです。これらの企業は、長期契約でカバーしきれない需要変動分をスポット市場で調達しています。
トレーダー側では、ビトール、トラフィギュラ、ガンボー、グレンコアなどの国際商社が活発に取引しています。彼らは世界中のLNG供給源と販売先を持ち、地域間の価格差を利用した裁定取引を行っています。日本の三菱商事、三井物産、丸紅なども、自社のLNGポートフォリオを活用して、アジア市場に流動性を提供しています。
実際の取引規模を見ると、2023年のアジアのLNGスポット- 短期取引量は約1.4億トンで、これはアジアの総輸入量の約40%に相当します。一回の標準的な取引量は、LNG船1隻分の約7万トン(3.4Tbtu)で、価格は貨物ごとに交渉されます。決済は通常、配送後30日以内に行われ、信用状(L/C)や銀行保証が使われることが一般的です。
JKMは、他地域のガス価格と複雑な関係を持っています。欧州のTTFとは、大西洋をまたぐLNG貨物の仕向地変更を通じて連動しています。JKMがTTFより高ければ、中東やアフリカからのLNG船はアジアに向かい、逆の場合は欧州に向かいます。この裁定メカニズムにより、両市場の価格差は輸送コスト差($1-2/MMBtu)程度に収斂する傾向があります。
アメリカのヘンリーハブ価格との関係も重要です。アメリカ産LNGの多くは、ヘンリーハブ価格の115%に固定費$3/MMBtu程度を加えた価格で販売されます。このため、ヘンリーハブが$3/MMBtuの場合、アジア着の価格は約$10/MMBtuとなります。JKMがこの水準を大きく上回れば、アメリカからの輸出が増加し、価格が調整されます。
原油価格との関係は複雑です。アジアのLNG長期契約の多くは依然として原油価格連動(JCCリンク)ですが、契約価格とスポット価格(JKM)の乖離が大きくなると、買い手は数量調整オプションを行使してスポット調達を増やします。このため、間接的ながら原油価格もJKMに影響を与えています。
2024年現在、JKM価格は$10-15/MMBtuのレンジで推移しており、2022年の欧州エネルギー危機時の$50/MMBtu超という異常高値からは大幅に下落しています。これは、新規LNGプロジェクトの稼働開始、中国経済の減速、比較的温暖な冬などが要因です。しかし、依然として2020年以前の$5-8/MMBtuという水準よりは高く、エネルギーコストの上昇が続いています。
市場の課題として、価格のボラティリティが挙げられます。JKMは薄い市場での取引を基に算出されるため、大口の売買で価格が大きく動くことがあります。また、現物市場であるため、先物市場のような価格発見機能が弱く、将来価格の予測が困難です。これに対して、ICEやCMEがJKM先物を上場し、リスクヘッジ手段を提供していますが、まだ流動性は十分ではありません。
アジアプレミアムの問題も依然として存在します。同じLNGでも、アジア向け価格は欧米向けより高いことが多く、これがアジア諸国の産業競争力を損なっているとの指摘があります。この問題の解決には、アジアでの共同購入、地域内の取引ハブの創設、より柔軟な契約条件の導入などが必要とされています。現在、日本政府が主導して、アジアLNG市場の発展に向けた様々な取り組みが進められています。
NBP
英国の天然ガス取引の中心となる仮想取引拠点で、1996年に設立された欧州で最も歴史ある市場の一つです。北海ガス田からの供給とLNG輸入の両方を扱い、英国のガス価格を決定する重要な役割を果たしています。欧州大陸のTTFと並んで、国際的な天然ガス価格の重要な指標として世界中で参照されています。
LNG(液化天然ガス)
天然ガスをマイナス162度まで冷却して液体にしたもので、体積が600分の1になるため船での大量輸送が可能になります。日本は世界最大のLNG輸入国として、中東やオーストラリアから年間約7000万トンを調達しています。パイプラインがない地域でも天然ガスを利用できる画期的な技術として、世界のエネルギー貿易を大きく変えました。
湿性ガス
天然ガスの中でもプロパンやブタンなどの液化しやすい成分を豊富に含んでいるガスのことです。これらの成分は冷却や圧縮によって分離され、LPGや石油化学原料として高値で取引されるため、ガス田の収益性を大きく向上させます。近年のシェール革命により、ウェットガスの生産が急増し、世界のエネルギー市場に大きな影響を与えています。
乾性ガス
天然ガスの中でもメタンが90%以上を占め、液体になりやすい成分がほとんど含まれていないガスのことです。そのままパイプラインで輸送でき、都市ガスや発電の燃料として直接使えるため、最も扱いやすい天然ガスといえます。処理コストが低く経済性に優れていることから、世界中で広く利用されています。
パイプラインガス
パイプラインを通じて気体のまま輸送される天然ガスで、世界のガス貿易の約7割を占める最も基本的な輸送方法です。ロシアから欧州、カナダから米国など、陸続きの地域では直径1メートル以上の巨大パイプラインが何千キロも延びています。LNGと違って液化設備が不要なため、安定的で低コストな供給が可能です。
ヘンリーハブ
アメリカのルイジアナ州にある天然ガスパイプラインの集積地で、北米の天然ガス価格を決める最も重要な指標です。ここで形成される価格はNYMEX先物の基準となり、世界中のLNG取引でも参照されています。9本の州間パイプラインが交差し、日量20億立方フィートのガスが行き交う巨大なハブです。
CNG(圧縮天然ガス)
天然ガスを200気圧程度まで圧縮して、専用容器に充填したものです。液化させずに気体のまま圧縮するため設備が簡単で、バスやトラックの燃料として世界中で使われています。ディーゼル車より排ガスがきれいで、都市部の大気汚染対策として多くの国が導入を進めています。