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シェール層と呼ばれる硬い頁岩層に閉じ込められた天然ガスで、水圧破砕技術により2000年代から商業生産が可能になりました。アメリカでは国内ガス生産の7割以上を占め、ガス価格を大幅に下げることに成功しました。従来は採掘不可能とされた資源が技術革新で利用可能になった代表例です。
シェールガスは、地下数百から数千メートルの深さにあるシェール層(頁岩層)に含まれる天然ガスです。シェールとは、泥が固まってできた堆積岩の一種で、薄い層状に割れやすい性質を持っています。この岩石の微細な隙間にメタンを主成分とする天然ガスが閉じ込められているのですが、通常の方法では取り出すことができませんでした。
なぜシェールガスが重要なのかというと、その埋蔵量の膨大さにあります。従来の天然ガスは、多孔質の砂岩などに溜まったものを採取していましたが、シェールガスは生成された場所にそのまま留まっているため、はるかに広い範囲に分布しています。アメリカ、中国、アルゼンチン、カナダなど、世界中に膨大な量が存在することが分かっており、技術的に回収可能な資源量は200兆立方メートル以上と推定されています。
従来型ガスとの違いは、貯留層の性質にあります。従来型ガスは、浸透性の高い岩石に自然に集まったガスを、井戸を掘るだけで取り出せます。一方、シェールガスは浸透性が極めて低い岩石に分散して存在するため、人工的に亀裂を作って取り出す必要があります。この技術的なブレークスルーが、2000年代のシェール革命につながったのです。
シェールガスの地質学的特徴として、有機物を多く含む黒色または暗灰色のシェール層に存在することが挙げられます。これらの有機物が地熱と圧力により、数千万年から数億年かけてガスに変化しました。シェール層の厚さは数十メートルから数百メートルで、水平方向には数十キロメートルから数百キロメートル広がっています。この広大な分布が、シェールガスの資源量の大きさにつながっています。
生産特性も独特です。シェールガス井の生産量は、掘削直後が最も多く、最初の1年で30-50%減少し、その後も徐々に減少していきます。このため、生産量を維持するには継続的に新しい井戸を掘る必要があります。一つの井戸の生産寿命は20-30年ですが、経済的に採算が取れるのは最初の5-10年程度というのが一般的です。
経済的な特徴として、開発コストの変動が大きいことが挙げられます。一つの井戸の掘削- 完成コストは、深度や地域によりますが、5-15億円程度です。技術の進歩と経験の蓄積により、このコストは過去10年で半分以下に低下しました。また、一つのパッド(掘削基地)から複数の水平井を掘ることで、土地利用と設備投資を効率化しています。現在では、一つのパッドから10-20本の井戸を放射状に掘ることも珍しくありません。
シェールガス開発の鍵となる技術は、水平掘削と水圧破砕(フラッキング)です。まず垂直に目的のシェール層まで掘削し、そこから方向を曲げて水平に1-3キロメートル掘り進みます。この水平部分で岩石との接触面積を最大化することで、ガスの回収効率を高めています。
水圧破砕は、水平坑井に高圧の水を注入して人工的に亀裂を作る技術です。水には砂(プロパント)と化学薬品が混ぜられており、砂は亀裂を開いた状態に保つ役割を果たします。一つの井戸で10-30回の破砕作業を行い、それぞれで数百トンの砂と数千立方メートルの水を使用します。この作業により、シェール層に網の目状の亀裂ネットワークが形成され、ガスが井戸に流れ込めるようになります。
使用される水の量は膨大で、一つの井戸で1-2万立方メートル(オリンピックプール8-16杯分)に達します。この水は、作業後に一部が逆流してきますが(フローバック水)、塩分濃度が高く、重金属を含むこともあるため、適切な処理が必要です。現在では、このフローバック水を処理して再利用する技術が確立され、水資源への影響を最小限に抑える努力がなされています。
アメリカはシェールガス開発の先駆者であり、現在も世界最大の生産国です。主要な生産地域は、テキサス州のバーネット- シェール、ペンシルベニア州を中心とするマーセラス- シェール、テキサス州とニューメキシコ州にまたがるパーミアン盆地などです。2023年時点で、アメリカの天然ガス生産の約79%がシェールガスとなっており、年間生産量は約7000億立方メートルに達しています。
中国も巨大なシェールガス資源を持ち、技術的に回収可能な資源量は約32兆立方メートルと世界最大です。四川省と重慶市を中心に開発が進んでおり、2023年の生産量は約230億立方メートルに達しました。ただし、地質構造が複雑で、深度が深く、水資源が限られているなどの課題があり、アメリカほど急速な開発は進んでいません。
カナダ、アルゼンチン、オーストラリアでも商業生産が始まっています。特にアルゼンチンのバカ- ムエルタ層は、世界有数の規模を持ち、国際石油会社が積極的に投資しています。ヨーロッパでは、ポーランド、ウクライナ、イギリスなどが資源を持っていますが、人口密度の高さ、環境規制の厳しさ、社会的受容性の低さなどから、大規模な開発には至っていません。
シェールガスの大量生産は、世界のエネルギー市場に革命的な変化をもたらしました。アメリカでは、2008年に100万BTUあたり13ドルを超えていた天然ガス価格が、2020年には2ドル前後まで下落しました。この安価なガスにより、石炭火力発電からガス火力発電への転換が進み、製造業の競争力も向上しました。
石油化学産業への影響も大きく、シェールガスから得られる安価なエタンを原料に、アメリカで大規模なエチレン工場の新設が相次ぎました。これにより、プラスチック製品の生産コストが下がり、世界の石油化学産業の勢力図が大きく変わりました。
LNG市場にも大きな影響を与えています。アメリカは2016年からシェールガス由来のLNG輸出を開始し、2023年には世界最大のLNG輸出国となりました。従来の原油価格連動型とは異なる、ヘンリーハブ価格連動型のLNG供給により、価格形成メカニズムの多様化が進んでいます。
シェールガス開発の採算性は、ガス価格、掘削コスト、生産性の三要素で決まります。現在のアメリカでは、ヘンリーハブ価格が100万BTUあたり2.5-3ドル以上あれば、多くの地域で採算が取れるとされています。ただし、地域によって生産性に大きな差があり、最も生産性の高い「スイートスポット」では、2ドル以下でも利益が出ることがあります。
環境面では、メタン漏洩が最大の課題です。掘削、破砕、生産、輸送の各段階でメタンが大気中に放出される可能性があり、その量は生産量の1-3%と推定されています。メタンは強力な温室効果ガスであるため、この漏洩を最小限に抑えることが、シェールガスの環境優位性を保つ上で不可欠です。現在、光学式ガスイメージングカメラや衛星監視により、漏洩の検出と修理が強化されています。
水資源への影響も懸念されています。大量の水を使用することによる水不足、フローバック水による地下水汚染、地震の誘発などが指摘されています。これらの問題に対して、水のリサイクル、ケーシングの多重化、地震モニタリングなどの対策が取られており、適切に管理すればリスクは制御可能というのが業界の主張です。実際、テキサス州やペンシルベニア州では、厳格な規制と監視により、環境影響を最小限に抑えながら生産を続けています。
NBP
英国の天然ガス取引の中心となる仮想取引拠点で、1996年に設立された欧州で最も歴史ある市場の一つです。北海ガス田からの供給とLNG輸入の両方を扱い、英国のガス価格を決定する重要な役割を果たしています。欧州大陸のTTFと並んで、国際的な天然ガス価格の重要な指標として世界中で参照されています。
LNG(液化天然ガス)
天然ガスをマイナス162度まで冷却して液体にしたもので、体積が600分の1になるため船での大量輸送が可能になります。日本は世界最大のLNG輸入国として、中東やオーストラリアから年間約7000万トンを調達しています。パイプラインがない地域でも天然ガスを利用できる画期的な技術として、世界のエネルギー貿易を大きく変えました。
湿性ガス
天然ガスの中でもプロパンやブタンなどの液化しやすい成分を豊富に含んでいるガスのことです。これらの成分は冷却や圧縮によって分離され、LPGや石油化学原料として高値で取引されるため、ガス田の収益性を大きく向上させます。近年のシェール革命により、ウェットガスの生産が急増し、世界のエネルギー市場に大きな影響を与えています。
乾性ガス
天然ガスの中でもメタンが90%以上を占め、液体になりやすい成分がほとんど含まれていないガスのことです。そのままパイプラインで輸送でき、都市ガスや発電の燃料として直接使えるため、最も扱いやすい天然ガスといえます。処理コストが低く経済性に優れていることから、世界中で広く利用されています。
パイプラインガス
パイプラインを通じて気体のまま輸送される天然ガスで、世界のガス貿易の約7割を占める最も基本的な輸送方法です。ロシアから欧州、カナダから米国など、陸続きの地域では直径1メートル以上の巨大パイプラインが何千キロも延びています。LNGと違って液化設備が不要なため、安定的で低コストな供給が可能です。
ヘンリーハブ
アメリカのルイジアナ州にある天然ガスパイプラインの集積地で、北米の天然ガス価格を決める最も重要な指標です。ここで形成される価格はNYMEX先物の基準となり、世界中のLNG取引でも参照されています。9本の州間パイプラインが交差し、日量20億立方フィートのガスが行き交う巨大なハブです。
CNG(圧縮天然ガス)
天然ガスを200気圧程度まで圧縮して、専用容器に充填したものです。液化させずに気体のまま圧縮するため設備が簡単で、バスやトラックの燃料として世界中で使われています。ディーゼル車より排ガスがきれいで、都市部の大気汚染対策として多くの国が導入を進めています。